ひっそりこっそりジャニヲタ生活

ひっそりこっそりジャニヲタ生活を送っている私の気ままなひとりごと

フィクション とは侮れぬものである

ドラマ SP と 視覚探偵日暮旅人 を連続して観た

2週間後に入試を控えている受験生としては1日を無駄にしてしまった気分ではあるが、どちらも、これから大人になっていう今見ておいて良かったと思える作品だったと心から思う。
どちらも心の底からハラハラドキドキさせられ、心を動かされた。

そして

・社会の汚さと、それに抗えぬ私達
・正義は正義よりも大きな力には勝てないのだという無力さ

そんなものを突きつけられた気がした

SPの主人公 井上馨
・自分が見た記憶を手繰り寄せそこから犯人を突き止める手がかりにする。(''見た''というより''視界に入った''全てという感じ)
・記憶だけでなく今自分がいる環境で、視覚、嗅覚、聴覚を駆使し危険を察知する。
という常人より優れた能力を持つ。

視覚探偵日暮旅人の主人公 日暮旅人は
・目に見えぬものが見える(幽霊などの類ではなく、言葉や感情が色や形となって見える)
・目薬をさすことで一時的にその能力を強化することが出来る
と、''視覚''に優れている。
※視覚以外の感覚もちゃんと機能しているが、感情がそれを拒んでいる

そしてこの2人に共通しているのは
幼い頃のトラウマによってその能力を手に入れた
ということだ。
それを心のどこかにしまい込んで強く生きている、今自分の前にいる誰かのために。

なのに社会は、世の中は、2人を受け入れようとはしない、腫れ物に触るように拒もうとする。
自分にとって都合の悪いことが明らかになるのを恐れて。自分の思うようにいかなくなるのを恐れて。

正義とはなんだろうか
正義、正義、と綺麗事ばかりならべたてても、何も変わっていないではないか。
正義は確かに存在していて、正義とは正しいものだ。
しかし正義は強いとはいえない、正義は正義より強い力の前ではなんの効力も持てないのである。
そして社会はそれを理解した上で、何も変わってこなかった。
それはなんとも悲しいことだ。

2人がもつ能力はその正義のために真実を写す鏡のようなものなのではないかと私は思う。

井上馨は両親を失った
日暮旅人は表面上視覚以外の感覚を失った

その代わりに、優れたなにかを手に入れた。

必要不可欠な何かが欠けている人は常人には考えられない優れた何かを持っていて、優れた何かを持っている人は必要不可欠な何かが欠けている

いわば、プラスマイナスゼロ

人がそれぞれ10持っていたとしたら、
失った1や2を優れた能力で補い10にしているのが井上馨と日暮旅人なのだ。

全員が共通して10持っているのに世間は人を平等には扱わない。
障がい者もお年寄りも小さな子供も、全員が全員同じだけ持っているのに。

以上が私が2つのドラマを鑑賞した感想です。

ただのドラマでここまで考えることになるとは思わなかった。
フィクションにここまで心揺さぶられるとは思わなかった。

フィクションは私たちにとって娯楽だけど、そこから得られる感情や、学ぶことは大きい



フィクションは、侮れない


※わかりにくい文章と足りない語彙力でごめんなさい